詩集「聴花}

手品師の挽歌

高安ミツ子


   猫が老人の足元にうずくまったときから不意に、男はねじれた気持ちを 
                                        
  ひきずって故郷に帰ることに決めてしまった。別れた女には未練はなかった

  が失うことは、独り言をも否定してしまう気がして、その上見物人のいない

  手品師には、この町を出るより他に方法がなかった。海よりの街から、山河

  の村に帰ることは振り返った盗賊の悲しい眼のようで、弱った心臓は土色に

  染まっていく夜のように思えた。男は、酔いどれることも、情死することも

  せず淋しい手品師として、故郷の息吹を便りに精一杯の「冬の花火」を打ち

  上げた。

  かって、子供達が、男を捜すためずぶぬれの気持ちを、青い果実に隠してや

  って来た道を引き返すのは重く、嘲笑する景色は凧のように上がったままだ

  った。男は冬に忍びこんだ季節はずれの挽歌のように無言のトランプ占いを

  していた。生命が弱った蝶のようにはかなく見えるのは、寒さが厳しいから

  なのか。消えゆく夕日に自らを重ねているからなのか。

  「痛みを捨てた道楽ものだよ」と舌打ちしても、海鳴りの影に脂汗を流して

  いた。帽子も燕尾服も薄汚れ、男は小さなふやけた手品師だった。自分の人

  生をトランプのようにすり替えることができない手品師は、身動きの取れな

  い男の記憶を鍵のかかったトランクにしまいだした。それでも、足元に転が

  っている生命に自ら懸賞金をかけるように、手品師は鬼になろうとしてい

  た。