高遠こひがんざくら

           
はるかに見える残雪は

中央アルプスの頂を白く描いている


澄んだ空気を飲み込んだ

高遠こひがんざくらは

青空から落ちてきた歓声を

受け止めるように高台の城跡に咲いている

足を進ませながらふと信長に滅ぼされ

高遠城から逃げ延びた祖先が思い出された


いくつもの歴史の心が重なった城跡を

秘めた物語を 声に出来ない悲しさを

こひがんざくらは吸い上げ

息も出来ないくらい今咲き誇っている

見上げても 見回してもさくらの下を

この地に生きる叔父が歩いていく

叔父の後姿には背負ってきた重い時間が伺われるが

花影はやさしく全てを染めていく


『今はしあわせだよ』と叔父はいい

私たちを案内する微笑みに

一陣の花風が吹いていった

花風はけなげに生きた叔父を包み

私の暦も優しくめくってゆく


眼下には三峰川(みぶがわ)が流れ

中央アルプスは遠くずしりと座っていた