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九十九里浜
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塩の香をのせて荒波の音が聞こえます 海が見たいと言っていた義母を 私達は九十九里浜につれてきました 病んだ義母の 残された意識のなつかしさをもとめて 弧を描いて連なっていく浜辺の風景 寄せくる波に描かれた砂模様 義母の幼い記憶はみえるだろうか 夢の世界と現実の境が見えないまま 小さくなった体に 九十九里の浜辺の風は吹きつけています 激しく打ち寄せる波音に壊れていく義母の意識を 更に奪って行くような淋しい怖さを感じたまま 私達はそれぞれの思いを言葉に出せず 光太郎の悲しさを海の向こうから聞いていました 白髪が目立つようになった夫の背中で 今は時間を忘れた蝉のように義母は背負われています 子供達のために力強く生きた義母の心と ちいさくなった義母の体を 必死に背負う夫の姿に 泣いて散る心の花びらが見えました かつて地引網で大漁だった九十九里の浜辺は サーフィンをする若者達でにぎわっています 背負ったまま波打ち際まで歩いても 義母はどんな記憶も拾えないまま 夫の背中ごしに海を見て「広いね」といいました かつて話してくれた義母の海岸は 天の川のように連なった白砂青松の絵画の世界でありました 壊れてしまった義母の心と失われた海岸を 春の海風は冷たく色を消していきました サーフィンの若者が急に遠くかすみ 互いに分かる切ない感情を折りたたんだまま 波打ち際に打ち寄せられた流木のように 夫と私は無言で海を見ていました |