
大学浪人していた頃の次男が、ふと「これは春の匂いだ」と言って庭にいたことがあった。
おそらく、自らの春を季節の中で先取りしたい心情だったに違いない。そんな季節を一番感じさ
せてくれる物に我家の盆栽がある。
鉢に植えられた小さな世界から、大自然の趣を感じさせるのが盆栽の良さであるらしい。
春の訪れを知らせてくれるのが「タンチョウソウ」である。薄いピンクの蕾をもたげて、浅春
に耐えている姿に生命の愛おしさが重なっていく。初夏になると藤原定家の執念が式子内親王
のお墓にまつわりついて、花になったといわれる「テイカカツラ」が舞うように揺れて、清清し
く思える。夏の「十和田湖葦」は暑さの中で無声の涼風を送ってくれ、秋には「マユミ」「サン
ザシ」が色付いた実を結び、秋の主役を演じている。冬の裸木は生命の泉を蓄えている時期なの
に、冬を背負った香気ある「蝋梅」が咲き始める。これらの四季を眺めることは私を抒情の世界
へ連れこんでくれる喜びがある。盆栽の手入れをしているのは八十五歳の義母であり、その慈し
む姿に生命の喜びをが感じられ、そんな時、あるいは盆栽が母を慈しんでくれているように思え
てくるのである。体力的にも老いて行く事は淋しい事に違いがないが、自然の音を肌身に感じら
れる穏やかさは精神の癒しになるに違いないと思える。まさしく、盆栽とは人の中にある自然と
いえよう。
盆栽という言葉は江戸時代の後期より使われたようであるが、それまでは「鉢植え」といわ
れ長い歴史の中で育まれ創り出されて、時代に託されて行ったのであろう。
私が嫁いだ頃から、毎日のように我家を訪れる盆栽家にTという方がいた。確かな腕で義母の
盆栽の手入れをしてくれるのである。純朴で職人気質の人柄であった。一人暮しが長かったので、
お昼時、私が昼食を出すと背筋をピンと張ってどんな物でも残さずたいらげてくれた。座る様子
は大きな「ザゼンソウ」のように思えた。老人になってから結婚する事になり
「私の女房は女学生のようです」と大きな体を恥かしそうに丸めて、嬉しそうに話したものだった。
まるで、好きな「サギ草」の花を手にして何処に飾ろうか迷っている少年のような顔だった。
Tさんは頑固な盆栽作りをした人で、すぐに売買できる物を作らず何十年後に形にになる物を
作り出すことに信念を持っていた。ですから、生活は楽ではなかったようだが、一向に気にする
ことなく盆栽を作ることに精進していた。運転している車の欠損個所をガムテープで貼り誰に貰っ
たのかハワイ土産のチェックの帽子を一年中かぶって我家にくる時は、何故か清い物を感じさせる
のだった。
盆栽の会では、流行にとらわれない作品を持ちこみ、それが評価されない値段をつけられると、
怒って盆栽を抱えて帰ってしまう事が度々あったようで、仲間からは変わり者といわれていたらし
い。Tさんは幾百年の風雪に耐えた盆栽の根張りのすばらしさに出会うことが夢であり、流行にと
らわれない盆栽を作ることが心情だったのであろう。
そのTさんも他界し、職人魂が作った盆栽を眺める度に義母と思い出を話にふけるのである。
そんな時、『Tさんのような、無名の職人芸が長い時間をかけて積み重ねられた技術と精神が伝統
を作り出すのだろう』と思えてくるのである。
見上げると、季節は止まることなく次の時間にバトンを手渡そうとしている。
(テイカカツラ)