高安ミツ子

東金市の片貝県道と旧国道126号線の交差点から東金文化会館に上る道路の途中に岩川池
がある。大きな池ではないがその池をぐるっと杉木立を中心にした森が囲んでいる。池の周り
は坂道を伴った遊歩道が連なっており、遊歩道の途中には天王台公園や浅間神社がある。毎年、
春の桜が咲く頃は人通りが多いが、その他の季節は出会う人も少なく、森閑とした風景である。
私にとって、生まれ故郷につながる思いなのか季節ごとに変わるこの風景を歩くことがとても
楽しいのである。春には桜はもとより、樹木の頂きを見上げると山藤が木に絡みつき野性味を
帯びた紫の花が日差しに輝いている。また、万葉植物といわれる「定家カズラ」が小さな風車
のような五弁の小花をつけて杉や桜の木に絡まっている。常緑のつる性の「定家カズラ」の木
は天に昇る竜のような強さで伸びている。ちなみに「定家カズラ」という名前から何か物語が
あるのではないかと誰もが思うに違いない。花物語がある。百人一首の選者としても知られる、
歌人藤原定家が、平安時代末期、後白河天皇の皇女、式子内親王(しょくしないしんのう)に
恋をしたという。だが、定家の思いを届ける術はなかった。やがて、夭折すると皇女の花化に
ある植物画巻きついた。秘めるような花をつけるこの植物はさながら定家の低下の恋心そのも
のだということから「定家カズラ」と名付けられたというものである。花を見上げながら、そ
の花の物語と鶯の鳴き声の心地よさに包まれて歩いていると、それぞれの植物にも物語がある
と感じられ、私にとって至福の時間となっている。
毎年六月三十日は浅間神社の夏祭りでにぎわう。子供たちが幼いころは義母が作ってくれた
新しい浴衣を着せてお参りをした。並んだ屋台で綿あめを買い、金魚すくいをした過ぎ去った
記憶が蘇ってくる。紫陽花が咲き終わると盛夏ごろから道端の藪や紫陽花に絡んで咲く純白の
仙人草の花が見られる。四片の額が花びらのように見え、実に美しく触れてみたい衝動に駆ら
れるほどである。馬や牛は決して食べないというほど仙人草は有毒植物であるようだ。植物に
は毒性の物が多いようだが、考えようによっては、毒性がある植物だからこそ、保身し現在ま
で生き伸びてきたのではないだろうか。しかし、それらの植物は人間にとっての薬草になるこ
とを知ると植物の計り知れない奥深さが感じられてくる。
晩秋には「ハゼ」「カエデ」「桜」の葉が赤く色付き、道路わきにはどんぐりがたくさん落
ちて東金の遅い秋を感じる。
冬には杉林の日当たりの悪い中でたくさんの「アオキ」が赤い実をつけて寒さに覆われなが
らたくましく生きている。冬の岩川池には鴨が飛来し池を泳ぎ回っている。群をなして泳いで
いる姿はいとおしく思える光景である。その鴨が、いつのまにか全ての姿が見かけなくなる。
それは、鴨が知らせる春のトライである。
大きな森ではないが、歩くたびに感じる季節の流れがやさしく私の心を包んで、森が保つ深
い生命を感じさせてくれるのである。
しかしながら、昨年の台風19号はこの森を随分痛めつけていった。まさに、御伽噺の大男
「ダイダラボッチ」が間髪を入れずに杉をなぎ倒し暴れまわった有様であった。森の杉は裂け
たようにズタズタに倒れ、破壊された森の木々を見たとき深い悲しみがわいてきた。自然の中
で生き抜く厳しさは感じていたが、これほどまでに痛みつけられた森に言葉を失った。日本に
は八百万の神の文化が流れているがこの有様を見るとそんな祈りが自然にわいてきた。
千葉県は台風の被害は少ないと思っていたが、停電や断水が続き、ライフラインが壊された
時の人間の営みのもろさを今回の台風で実感した。長い歴史の中ではこのような出来事は何回
も繰り返しいくつもの時代が過ぎてきたのであろう。
それでも、人々は繰り返させられる自然災害からの悲しみを内部に秘めながら、人がいくら
あがいても打ち破ることのできない自然の畏怖を排除しようとするのではなく、自然のもたら
す豊かさと廃墟の両方受け止めていったのであろう。そこから、日本人としての謙虚な精神が
育ってきたのであろうと改めて考えさせられたものだった。
現在私たちの生活は西洋化されて合理的な快適さが主流を占めているが、このような自然災
害に出会うと、ホワイトレター同人の野村俊さんが語る縄文人から続くやさしい日本人の心が
私たちのどこかに潜んでいることの自負が微かに湧いてくるのを感じるのである。
今はこの岩川池の森の再生を祈りながら、四季折々の風景をまた見せてほしいと願っている。