十枝の森は落ち葉の小径
 高安ミツ子

                

 

森は百年単位の時を数えています

 落ち葉の小径が

 そこかしこへと広がり

 最後の当主を失っても

 樹木は生命を語り続けているのです

 

 大干ばつに苦しむ農村を救うために

 両総用水の実現に生涯を捧げた父を

 母をそして兄を見送り

 血縁の思い出が深い

 この屋敷を 樹木を

 必死に守りぬこうとした最後の当主の声が

 いたるところに散らばっています

 あるがままの自然を守ろうとしたのは

 あるがままの生き方を求めた

 当主の願いでしょうか

 

 森の落ち葉の小径は迷路のようです

 屋敷は四百年を越えたクスノキを先頭に

 南天の赤い実が

 歴史を語るように鮮やかです

 いろは紅葉が初冬の風を飲み込んで色付き

 悠久の美しさを語るようです

 森は当主のたたずまいのように凛としています

 

 義母と幼なじみであった最後の当主十枝澄子さん

 私は電話での声しか知りませんが

 恵まれた村長の娘から

 屋敷を買い戻そうと歩んだ厳しい人生のなかで

 何を見つめたのでしょうか

冬の風にきしむ樹木の揺れ音は

当主の絶えた哀しみのようにも聞こえてきます

 

 月明かりは時を語り

 当主は運命を語り

 樹木は生命を語り

 絡まったそれらは

 当主が仙人になったという物語を生んで

 森は天に昇っていくようです

 

 田園風景に囲まれた

 屋敷の樹木は時代を突き抜け

 十枝の森の留守番役となって

 何代にもわたる生命を守りながら

 落ち葉の小径を作り続けています

 

 樹木は二百年育つものが好きと

 語った当主の落ち葉の小径は

 しなやかに

 地方の時間を歩んでいます