玄関のチャイムが鳴っています

見知らぬ人が効き目を語り

人生百年の時代ですからと 

あおるように品物を勧めてきました

 

私はためらいがちにいいました

チャイムを押さないでください

我が家のチャイムは

私の思い出を連れてくる風への目印なので

 

乗り遅れてもいいのです

私に百歳の生命は畏れ多いのです

冬木立に見せられたのでしょうか 

私は白髪を染めることを辞めました

そして 素数のように

私の運命を歩こうと思うのです

 

思い出捜しの私をあざけるように

玄関チャイムは止みました

 

確かに思い出は簡素なものだけれど

蘇る幾つもの風景 幾人もの声は

後悔や懐かしさで

時を越えて私の心をめぐっていきます

 

ふと ひたひたと感じられる今日の風は

私の人生のどこで会ったのか思い出せないけれど

情感にあふれた微笑は温かいのです

鮮やかに色付いたカラマツやハゼの小径で

すれ違った人なのかもしれません

 

みやると冬空に皇帝ダリアが咲き

ネリネも鮮やかに咲いて

私の悲哀や夢想を包んで

残り日の感情を染めてゆきました

 

おや やさしくチャイムが鳴っています

逝ってしまった花友達でしょうか  

目印を見つけたのでしょうか

 

今日も初冬の風が誰かを連れて 

私を訪れてくれたようです

 
          

  
初冬の風

高安ミツ子