夏の大樹

高安ミツ子


樹齢数百年の欅は

今年の命を鳴く蝉を抱いて

夏空の下 大らかに立っています

 

自らの命をひたむきに鳴く蝉に

悲しいうねりが感じられ

生きるとは

幾つもの哀愁の花を手折ることだと思えてきます

 

深い年輪の大樹は

記憶を呼び寄せるのでしょうか

今は亡き人の面影が蘇り

ゆるやかに私の心を横切っていきます

 

目を閉じると蝉時雨は

私の心をからめ

夏空に帆をあげるヨットの心地よさで

思い出と共に大空に昇っていきました 

大樹の欅は

天の高低を測るように

さわさわと枝を揺らし

揺るぎなく

あるがままの姿で立っています

 

老いていくこの命 

変わりゆく時代

蝉時雨に似たはかなさを背負った

今の私

私は胸いっぱい 日差しいっぱい

夏に挑むように心の舵をきりました

 

すると大樹は私のつぶやきを一気に集めて

涼やかな力で

空を背景に 風を呼び 

大樹の果実になれるように 

私を包んでくれました

 

今年の命を鳴く蝉を抱いて

何事もなかったように

夏の大樹はまた時を刻んでいきました