桐の花
 高安ミツ子

          

 

「この木でお前のお嫁入りの箪笥を作るんだよ」と

父が植えた桐の木を見あげた頃

父は優しく大きく見え

桐の木は不安なく青空に伸びていきました

 

首飾りを作るために

いくつもの桐の花を拾いました

勾玉や貝殻を身につけていた女性の意識が

幼い少女の首飾りにもとまったのでしょうか

紫色の桐の花はなぜか大人の雰囲気がして

子供の色ではないように思えたのです

 

いくつもの季節が桐の木をゆすると

日常を踏みはずした父の惑いが

私の記憶から桐の花を消してゆきました

 

またいくつもの季節の風が吹き

いまや残照を歩く私の日常には

雨宿りした風景は遠のくばかりです

歩き疲れて立ち止まると

日暮れの澄んだ空気が突然

風化して行く過去から ぽっと桐の花を蘇らせたのです

 

紫色の桐の花 むらさき むらさき

すると父の哀しみが瀬音のように聞こえてきます

転がる時が私を振り向かせたのでしょうか

父の運命の小窓を開け

あのときの桐の花を手渡したくなりました

 

故郷の桐の木は朝霧にまかれているでしょう

たった一人の人生など一瞬にすぎないけれど

言葉にならない哀しみをおびた桐の花を

歳月に浮かべてみると陽炎のように 

さりげなく美しく思えてくるのです