鉗春
「俺のなすべきことは終った」と

義父は家族一人一人に別れを告げ

欠けていく月のように静かに身罷(みまか)りました


絵の好きだった義父が

生前出合った日本画「鉗春」

そこには八重椿や木蓮の花が

新春に乱舞しています

聞けば日本の梅雨は

ヒマラヤの雲が作るという

遠く縁(えにし)を伝ってやってくる

いくつもの季節を染み込ませながら

花々はやわらかい光に包まれています


まぶしい花々を見ていると

いくつもの悲しみのページをめくった

義父の心模様が

花影に潜んでいるように思えてきます

義父の人生を通り抜けた数々の季節

その物語の指先に

シジミ蝶のように私が止まったとき

義父との別れの日がよみがえります


義父が残した一枚の絵から

託された生命の余韻が伝わってきます



    



       
(日本画家 若木 山 作品『鉗春』