彼岸花

 今年の猛暑を拭うように

 不意に秋を知らせて彼岸花が咲きだしました

 飛沫のような花びらが私の心を絡(から)めてゆきます


 幼い頃彼岸参りをした墓地の周りには

 死者を照らすかがり火ように

 彼岸花は朱色で咲いていました

 葉なしで咲く彼岸花の激しさが怖くて

 黙って通りすぎようとしたとき

 母の微かなため息を聞いたような気がしました

 そのため息は私の知らない母でした


 母のアルバムには

 海軍服を着た男性の写真が1枚ありました

 母と結婚を約束した人だと知りました

 男性が戦死したという間違った知らせの先に

 私が生まれたと思うと

 子供心に私がいることの不安があって

 写真がいまだに残されていることから

 母の心のかけらを見た思いになり

 こちらを向いてない母へのジェラシーが湧きました


 彼岸花は母の恋心の証だったのでしょうか


 私もいくつもの角を曲がって

 今まで生きてきたように思えます

 ふと 我が家の庭に咲く彼岸花をみていると

 恋心を呑みこんだ母の

 哀しい微笑みを見るように思え

 私の記憶の波はたゆたっています


 けれど

 秋の陽ざしは日常のかけらを拾うように

 庭のあちこちに腰をおろしています

 私の心はまあるくなって

 母の心情を空の高さで測れる 時が流れています

 足元にはあの時と同じ彼岸花が秋風に揺れています 


 深まりゆく秋の気配

 十五夜が近づいています





                     

     高安ミツ子
(ひがんばな)