慕情
高安ミツ子

(切り絵 小西民子)

 

春は忙しそうですが

私は急ぎません

ここちよい風に吹かれて

ゆっくりと春に酔いしれたいのです

 

代の景色が蘇(よみがえ)ります

ひと組の男女が歩いていく後ろ姿を

校舎の窓から見下ろしていました

菜の花が優しく包むように咲いて

春は大画面にねそべっています

 

色の白い女学生が

学生服に寄り添って歩いています

うらうらした思いが

うらうらした感情がわいきました

 

何故か女学生の右足は細く

歩くたびにスカートが激しく揺れるのは

足が悪いからでしょうか

陽炎のように遠のいていった二人の姿

映像を切り落としたような二人の春の輝きに

南風が運ぶオカリナの音色が聞こえ

春に潜む哀しさを知らせています

 

過ぎて行く時をはかるように

陽ざしは校舎を明るく包んでいましたが

私の未来は見えないままでした

町を囲む連山は

二人の恋心を包んでくれたでしょうか

 遠い時間の二人の姿が

今も美しく思えるのは

私のあこがれでしょうか

春の匂いはひらひらと

私をまさぐっています

蝶が菜の花にとまって

るるるるとくすぐっています

 

遠い時間の二人が

舞い降りてきたような

春の息吹に

私は菜の花を積んでは

若さへの慕情を抱えていました