僕の終章  
                                             
                                         高安ミツ子
                                                                                                


   



僕は一九歳と四ヵ月になりました

後ろ足が痛くて力が入りません

足が流れて へたりこむのです

 

わかっています

僕の時間は限られていることを

それでも好きな朝の空気を吸いたいのです

歩き出すとしゃがんでしまうのですが

お父さんと家の前でうろうろと

庭でとぼとぼと

今日の命を知るのです

 

餌台の雀が僕を意識しながら

餌を食べています

僕はちらりと鷹揚なそぶりをしますが

やはりよろよろです

 

家の中ではおむつをつけて

よろろりとへたります

お母さんは

「こむぎはえらいね」と褒めてくれます

お父さんは

「我が家に来て 19年ありがとう」とお礼を言います

 

お母さんは僕を抱いて毎日縁側から

心地よい庭の風景を見せてくれます

視力が弱った僕に

咲いた花の名前を教えてくれます

今年の春は急ぎ足です

僕が目覚めるたびに

風景が変わっていくのです

 

利休梅も終わり

つつじが咲き 牡丹も咲きだしたのです

公園のイチョウもいつの間にか緑が増しています

もうすぐ紫陽花が庭中に咲きましょう

 

僕は捨て犬だったので犬とはなじめません

この家が好きなのです

ですからお父さんお母さんは

僕の命の旅立ちを

乙女色に咲くつつじの傍らに埋めて

僕を庭中の花で包んでくれるそうです

 

僕は庭に咲く花の香りも 

この家で亡くなった人の匂いも

お父さんお母さんの匂いも

色鮮やかにわかるのです

犬の僕には命の匂いがわかるのです

元気な時には鼻をつけて

家じゅうの歴史の匂いを嗅ぎまわったものでした

 

もう別れは間近でしょう

それでも

お母さんは僕の好きな卵焼きを食べさせてくれます

僕は別れの日のために

情愛込めてお父さんお母さんの顔を嘗めまわしています

息絶えるまで見守ってくれる

お父さんお母さんの悲しさがわかるから

 

なにわいばらが時を進めていくように

白く白く数えきれないほど咲きだしました

思い出いっぱいの僕は一九歳と四ヵ月となりました



                       
                  

 

こむぎの日記