四十雀(シジュウカラ)が

初夏の匂いをついばむようにさえずっています

空に並ぶうろこ雲をみあげていると

黄金色に色付いた麦秋が目に浮かび

麦畑を元気に走り回っていた

幼い頃の弟が蘇ります


思い出の弟の麦畑に

黒いカラスが舞い下りたのはいつからなのか

弟は生きる悲鳴は忍ばせたまま 

身を削りながら都会のカラスと戦ってきたのでしょうか


麦秋の明るさからは遠のいた今

病を背負った弟は樹下の暗がりを歩いています

弱気をはかない弟に

姉さんはかける言葉が見つかりません


あのとき姉さんを力づけてくれた弟よ

最期まで慈しんで母さんを見送ってくれた弟よ

あなたが実らせたいくつものやさしい果実を

いっぱい いっぱい集めて

あなたの心に届く薬を姉さんは作りたいのです


故郷の懐かしさが

生きる力になってくれるのなら

姉さんは精いっぱい

故郷の料理をたくさん作りましょう


けれどあなたの哀しみを

塗り替えられないもどかしさが

麦の穂波がかすむほど

姉さんの眼を濡らしています


四十雀の鳴き声は

山を恋うる弟の声をからめて

紫陽花を少し色づかせ

梅雨の前触れを知らせています


姉さんは麦秋の季節に

あなたの明日のページを今日も祈っています





                  



                 
   
麦秋の祈り

高安ミツ子


著作者:
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